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アサキオリジナル小説「時経(下)」 [オリジナル小説]

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 結論からいうと、僕は音楽発表会で指揮者賞という本来なら最も優秀であるという指揮者に与えられるべき賞を得た。

 これは数年後に知ったことなのだが、練習当初、彼女を叱った厳しいと名高かった音楽教師が,
実はとっても優しく、また粋な人で、僕と彼女の放課後練習を評価の対象に入れるという、本来なんら正しくない選考方法をとってくれたお蔭での受賞だったのだ。


そんな経緯を知らない僕と彼女は発表された瞬間、心の底から喜び合った。

その前に発表されていたクラス賞は残念ながら逃していたが、そんな悲しい気持ちは一瞬で吹き飛ぶ勢いだった。


彼女は何度も僕に「おめでとう」と声を掛けてくれた。


僕もこの時ばかりは気持ちが高揚していたのか「ありがとう」と何度もお礼の言葉を彼女に伝えることができた。


 その音楽発表会が行われる前日、最後の全体練習が終わった後、彼女は僕に、
「明日の発表会が終わったら村上君に言いたいことがあるんだけど聞いてくれる」と言葉を残していた。


 僕はその話の続きを聞こうと思ったけど、彼女の嬉しそうな顔を見ているとなんとも言い出しにくく、そんなことを考えている内に場は解散の流れとなり、結局その場で彼女かとそれ以上話をすることは出来なかった。



 展開は直ぐに訪れた。僕の受賞を祝ってくれるという名目で打ち上げを開催することになったのだ。


とはいえ中学生ができる打ち上げなんて、たかが知れており、学校近くのサイゼリアに集まり、皆でご飯を食べるといったものだった。



 その帰り際、打ち合わせることもなく、それは自然な流れのように僕たち二人は一団の群れから外れ、二人で近くの公園に入った。


 公園には誰もおらずベンチも幾つか設置されていたが、僕と彼女はそこに座ることもなく立ったまま向き合った。


「改めて、おめでとう。村上君のお蔭で最高の発表会になったよ…それで、昨日の話の続きなんだけど…私、実は中学を卒業したら九州で住むことになったの。だから皆にはまだいってないんだけど年が明けたら向こうの高校を受験してそのまま進学するつもりなの」


 僕は心の底で強く願っていた。初めて好きになった人が万が一僕に好意を寄せていてくれていたらどれだけ嬉しいだろうか、と。



「そうなんだ…それは残念だね」 これが僕の精一杯だった。


 彼女に伝えたいことは山ほどあって、その一割も僕は言葉に出来ていないのだったけど、それでも尚これ以上の言葉を発することが出来なかった。


「うん…。卒業したらみんなの進路もバラバラになるだろし…」


彼女は珍しく言葉を詰まらせていた。その時の彼女はどこか自信がなさそうで、よく見ると瞳が潤んでいた様にも思ったが、それは街灯が殆ど無いここでの明るさでは正確に判断することは出来なかった。


「伝えたかったのはそのこと! 村上君、今日は本当にお疲れ様!」

少しの沈黙があった後、なにかに吹っ切れたように明るい声で彼女はいった。


「うん。ありがとう。辺りも暗いから気を付けて帰ってね」


僕は答えた。努めて優しく。


努めて真剣に。


それから卒業までの三か月はあっという間に過ぎていった。



受験や、就職活動の影響で1月以降、クラスの全員が集まることも少なくなった。僕自身も受験勉強の追い込みを掛けるのに必死で、クラスの皆と話す機会も少なくなっていた。


三月の中旬、ようやくクラス全員の進路が決定し、後は卒業式を待つのみとなったタイミングで、彼女の転居に関する発表が担任よりされた。


彼女は僕がクラスの人気者だと言ってくれたが、そんな彼女こそ真の人気者だった。クラス内は騒然とし、彼女と最も仲の良かった女の子ですらその知らせは初耳であったようでかなり驚いていた。
 

僕はその景色をクラスの一番後ろの席からボンヤリと眺めていた。



結局、彼女と二人きりで話をしたのは、音楽発表会の夜が最後だった。








喫茶店のテーブルに放置したままだった携帯電話に着信のランプが灯っている。どうせ上司からの呼び出しだろと思い、僕はその着信を無視した。気分はだいぶ落ち着いてきている。



音楽発表会の夜。彼女になんて言葉を掛けるべきだったのか。その答えを出すことにもはや意味はないのかもしれないが、それでも僕は考えてしまう。



『あの曲』が存在する限り。






皆様へ
最後までお読み頂き、ありがとうございます。

いかがだったでしょう、アサキの初オリジナル小説は…

自分でもまだまだなだーって思う所はありますが、とっても楽しく書く事が出来ました。

次回はもう少し長いお話にチャレンジ中ですので、もし良かったらまたお読み頂けると嬉しいです。

本当にありがとうございます。


アサキオリジナル小説「時経(上)」はこちら
アサキオリジナル小説「時経(中)」はこちら


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